2009年6月9日

「をちこち」歌舞伎特集

国際交流基金の雑誌「をちこち」は、カラーグラビア4頁を含む59頁を費やして、
「世界と出会う歌舞伎」を特集しています。
私は、「『NINAGAWA 十二夜』は、恐れを知らぬ冒険か」と題した文章を寄せるとともに、
市川亀治郎さん、尾上菊之助さんとの鼎談に参加しました。
鼎談は、国際交流の話にとどまらずに、歌舞伎の本質とはなにかについてまで、話が及びます。
亀治郎さんの「型に気持がついて行くのは、僕は歌舞伎の本来の姿ではないと思います」
菊之助さんの「型というものが、内面を覆ってしまっている膜のように少しなってしまっているということも、海外にいって初めてわかりました」
との発言をはじめ、突っ込んだ議論ができたのも、紙幅をたっぷり与えてくれた編集部の尽力があってのことです。

装置家の金井勇一郎さん、演劇学者の河竹登志夫さんのインタビューも掲載されていて、
読み応えがあります。

これだけの内容で、500円ですから、扱いの書店が少ないのが残念です。
巻末を見ると「本誌購読ご希望の方へ」との案内がありました。
最寄りの書店に問い合わせるか、発売元を引き受けている山川出版社に申し込めばよいそうです。山川出版社の連絡先は、03−3293−8131です。
都内の書店では、八重洲ブックセンター、ジュンク堂(池袋、新宿)、三省堂(神保町)、岩波ブックセンター、紀伊國屋書店(新宿本店、南店)、東京堂神田本店、有隣堂本店があげられています。

7日に新橋演舞場はす向かいのカフェ・ド・クリエで、『NINAGAWA 十二夜』初日、昼の部の開演を待っていました。
顔見知りのご婦人が「をちこち」面白かったですと声をかけてくれたのも、読者と接する機会のあまりない批評家にとっては、めずらしい体験でした。

2008年12月21日

師走

紀伊國屋演劇賞の選考会が終わると、今年も終わりだなという気分になる。
この選考会、毎年、12月の17日に行われる。
今さら、めでたくもないのだけれど、この日は私の誕生日で、
この十年ほどは、毎年、自分の誕生日の夜を、選考会に費やしてきたことになる。
会の前の雑談のときに、ふっと思いついて、実はときりだしたら、
小田島先生の誕生日が、18日のために、いつからか17日になったとのことだった。
なるほど、そんな理由だったのかと納得。
では、来年は無理としても、再来年からは、16日にしていただけないかと
やんわりお願いしてみたけれども、
果たして、実現されるかどうかは、まったくもって不明である。

2008年12月1日

野田秀樹インタビュー

国際交流基金が発行している雑誌「をちこち」の最新号は、
「イギリスの底力」の特集を行っています。
そのなかで、「なぜロンドンで芝居を上演し続けるのか」と題して、
野田秀樹さんのインタビューを行ったのでお知らせします。
実際にインタビューしたのは、先々月「THE DIVER」の公演中、
多摩美術大学で実技の授業をする前に、伺って取材しました。

これまで何度も、野田さんにはインタビューしてきましたが、
海外公演に絞った取材ははじめてで、
かなり充実した話が伺えたと思います。

「RED DEMON」が、英国で受け入れられなかった理由など、
かなりあけすけに話していますので、野田さんのコアなファンには、
おもしろい内容かと思います。

あまり書店では見かけませんが、
山川出版社が発売元ですので、
注文すれば取り寄せてくれるのではと思います。
定価は500円です。
http://www.jpf.go.jp/j/publish/periodic/wochikochi/index.html

2008年9月21日

オールメールキャスト

彩の国さいたま芸術劇場で、上演が続いている「彩の国シェイクスピア・シリーズ」は、「タイタス・アンドロニカス」のような傑出した舞台をつくりだしてきました。
そのなかでも、異色な系列となっているのは、喜劇を中心としたオールメールキャストです。
「お気に召すまま」にはじまり、「間違いの喜劇」「恋の骨折り損」と続き、
この十月には、「から騒ぎ」が上演されますが、シェイクスピア、イコール、古典の悲劇ではなく、
どたばたでもいいのだ、荘重な身振りなど振り捨ててしまえという蜷川の演出意図が鮮明に出たシリーズだと思います。
私にしてはめずらしくパンフレットの原稿を引き受けたのですが、
制作の意向が非常に明確で、「蜷川演出と音楽」について書いてほしいといわれたからでした。
視覚的なスペクタクルとして語られることの多い蜷川演出ですが、
音楽を切り口に各作品の冒頭を分析してみるのは、なかなかおもしろい作業でした。

もし、「から騒ぎ」をご覧になる方がいらっしゃいましたら、拙文をよろしければお読みください。

人形の家

ながらく更新をさぼっておりましたが、仕事も一段落したので、よしなしごとを綴っていこうかと思っています。
今月観た芝居のなかでは、デヴィッド・ルヴォー演出の『人形の家』が突出していたと思います。
以前、私は、デヴィッド・ルヴォーについて、『傷ついた性 デヴィッド・ルヴォー演出の技法』(紀伊國屋書店)を上梓したことがあります。
「ブルールーム」「ナイン」以来、久々のデヴィッド・ルヴォー演出を観て、演出家の根幹にある技法は、変わらないものなのだかなと実感しました。
一言で言えば、西欧近代劇を上演する根本に、「言葉による決闘」を置いているということです。
今回は相当緻密な演出が行われ、ただ、個人の心情の吐露として、台詞があるのではなく、
相手を説得する、いや相手を屈服させるために、言葉はあるのだということが、明確に打ち出されていました。
その意味で、これまで何度もデヴィッド・ルヴォー演出を受けてきた堤真一や松浦佐知子にアドバンテージがあるのは、当然ですが、難役のノラを演じた宮沢りえが、女優として、ひとまわり大きくなったと感じました。
キャリアの適切な時期に、よい演出家の徹底した演出を受けると、こんな奇跡がおこるのですね。