2007年6月11日月曜日

見本本


先週の金曜日、文春の坂本さんが、「菊五郎の色気」の見本本を届けてくださった。
家の近くまで足を運ばせてしまったので、猫実の鮨屋「山清」で食事をする。
新しい本が刷り上がったときは、いつも、うれしさがこみあげてくる。
ただ、内容については、何度も校了紙で読み返しているので、
しばらく読みたくないというのが、なんとも微妙な間合いである。
なにはともあれ、本当にこれで一段落。
次は、坂東三津五郎さんの聞書きの仕事が、すでにはじまっている。
今年の後半は、この原稿のまとめに忙殺されることになるのだろう。

怪談

機会があって、中田秀夫監督の映画「怪談」の試写会に行った。
試写に行くのは、どちらかというと苦手で、試写室の閉鎖的な空間が息苦しい。
けれど、今回観た「怪談」の映像は、ことのほか美しく、2時間弱を一気に楽しんだ。
三遊亭円朝の「真景累ガ淵」の落語としている。この映画は、長大な怪談噺に忠実で、
歌舞伎にある「豊志賀の死」のように、前半だけをフレームアップしているわけではない。
煙草売りの新吉が、富本節の師匠豊志賀と出会い、その虜になっていくくだりは、
もちろん魅力的だが、新吉の刹那主義が、次々と女たちを引きつけ、
その生を崩壊させていく連続が、この映画のみどことろとなる。
新吉の菊之助の美貌は、宣伝ポスターにもあるように、すさまじく、
安野モヨコ原作の映画「さくらん」のなかの台詞を借りれば、
「笑っている鬼がいる」かのような凄みがあった。
美しさは、ときに非日常へと人間をいざなっていく。
そこには、人間の人生を狂わせる魔性がそなわっている。
悪意や計算ではなく、身近にいること自体が、危険な鬼が、
この世間には、歩き回っているのだ。
そんな妄想をかきたてる意味では、まさしく「怪談」は「ホラー」なのだろう。